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福井地方裁判所 昭和57年(ワ)13号 判決

原告 株式会社 スズキ自販北陸

右代表者代表取締役 加藤和男

右訴訟代理人弁護士 前波実

被告 山形一郎

右訴訟代理人弁護士 藤井健夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  請求の趣旨

被告は原告に対し別紙目録記載の自動車を引渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

三  請求の原因

1  原告は自動車及び原動機付自転車の販売を業とする株式会社である。

2  原告は訴外海道自動車株式会社(以下訴外会社という)に対し、昭和五六年一〇月二三日所有権留保付契約で原告所有の別紙目録記載の軽自動車(以下本件自動車という)を代金八五万円で売り渡し、右自動車を引渡した。

3  しかるところ訴外会社は右代金の支払をしないまま倒産し、代表者は所在不明になったので、公示の方法により訴外会社に対して右売買契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は昭和五六年一二月二二日訴外会社に到達した。

4  ところで本件自動車は訴外会社から被告に譲渡されて被告が占有している。

よって原告は被告に対し所有権にもとづき本件自動車を引渡すことを求める。

四  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2、3の事実は不知。

3  同4の事実は認める。

五  抗弁

1  仮に本件自動車の所有権が原告に留保されていたとしても、本件自動車は軽自動車であって動産であり、被告は昭和五六年一〇月二六日当時本件自動車を占有していた訴外会社から買受け、引渡を受けたものであるから、被告は本件自動車を即時取得した。

2  仮に右の主張が理由がないとしても、原告の本訴請求は著しく信義に反する不誠実なものであって所有権の濫用であって許されない。

すなわち、訴外会社は昭和五六年一〇月一五日原告に対し、本件自動車を注文し、その際届出名義人を被告と定めて原告に通知している。そして原告は同月二三日公租公課等合計金四万八四二〇円を代納したうえ、本件自動車の登録手続をなし、訴外会社に本件自動車を引渡した。そしてその代金は同月三〇日原告に支払われることになっていた。

他方被告は同月二六日訴外会社から本件自動車を買受けて引渡を受け、代金については被告と株式会社ジャックスとの間のクレジット契約によって、同月三〇日同会社から訴外会社に支払われた。

以上の経緯によれば、原告は本件自動車が被告に転売されること、代金の支払は前記クレジット契約により同月三〇日訴外会社に支払われたことを知っていたものである。

しかるに原告は右の代金の取立もその保全もしなかったものであって自己の権利の保全にあまりにも怠慢であった。このような原告がたまたま所有権留保の特約があることをよいことにして代金全額を支払った被告に対し、本件自動車の引渡の請求をすることは所有権の濫用であって許されないものである。

六  抗弁に対する答弁

1  抗弁1の事実は否認する。自動車は陸運事務所の登録原簿に登録しなければならないことになっており、登録が第三者に対する対抗要件とされているから即時取得は自動車については認められないというべきである。

2  同2の事実中原告と訴外会社との間の本件自動車の代金の支払期日が昭和五六年一〇月三〇日であったことは認めるがその余の事実は否認する。

原告は本件自動車を訴外会社に売り渡すまでの間に訴外会社と取引をしたことがなく、本件取引がはじめてであり、訴外会社と密接な関係はなく、訴外会社と被告との間の契約にも原告は立会もせず協力をしたこともなかったのである。

そして原告の本請求が権利濫用として許されないものとするならば自動車について登録制度を設けて公示手段を講じていることが無意味となり、代金の支払を受けるまで所有権を留保して売買するという売主の利益が無視される結果となるものというべきである。

七  再抗弁

本件自動車に備付けられている軽自動車検査証によれば本件自動車の所有者が原告となっていることが明白であるから、被告が本件自動車を訴外会社から買受けたとしても、本件自動車が訴外会社の所有であると信ずるについて過失があったものである。

八  再抗弁に対する答弁

再抗弁事実は否認する。

九  証拠関係《省略》

理由

一  原告が自動車及び原動機付自転車の販売を業とするものであることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると原告は訴外会社に対して昭和五六年一〇月二三日、原告所有の本件自動車を代金の支払を受けるまでは原告に所有権を留保することを約して代金八五万円で売り渡し、原告において公租公課等合計金四万八四二〇円を代納して本件自動車の登録手続をなし、更に自賠責保険に対する手続もなしたうえ、同月二三日に右自動車を引渡したこと、右代金は同月三〇日に現金で支払を受ける約束であったこと、ところが原告は右同日代金の支払を受けないまま過ごすうちに同年一一月一三日頃訴外会社が倒産し、代表者の海道健夫が行方不明になったこと、そこで原告は同月一六日公示の方法で本件売買契約を解除する旨の意思表示をなし、この意思表示は同年一二月二二日に訴外会社に到達したものとみなされるに至ったこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして被告が本件自動車を占有していることは当事者間に争いがない。

二  そこで被告の抗弁及び原告の再抗弁について判断する。

1  《証拠省略》を総合すると被告は訴外会社から昭和五六年一〇月二三日本件自動車を買受けてその引渡を受けたこと、そしてその代金八四万六一〇〇円は株式会社ジャックスに依頼して同会社から訴外会社に対して同月三〇日立替払がなされ、爾後被告は右ジャックスに対して月賦で右立替金債務を返済していること、以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

しかして本件自動車は軽自動車であるから道路運送車両法四条かっこ書の規定により、動産と同じ方法で引渡により、その所有権の移転が公示されるものと解すべきであるから、前主から引渡の方法によって平穏公然善意無過失占有を取得した者は前主が無権利者であっても、所有権等を即時取得するものと解するのが相当である。

しかしながら《証拠省略》によると本件自動車には軽自動車検査証が備付けられており、これによると本件自動車の所有者として原告の名称が記載されていること、被告は本件自動車の引渡を受けた後右検査証の記載の確認をしていないことが認められるのである。

右によれば被告が本件自動車を訴外会社から引渡された際に被告において本件自動車が訴外会社の所有であると信ずるについて過失があったものと認めるのが相当である。

右によれば、被告の抗弁1に対する再抗弁が理由があるから右抗弁1は採用しがたい。

2  次に《証拠省略》を総合すると原告は昭和五六年一〇月頃訴外会社から軽自動車一台を売ってほしい旨の注文を受け、訴外会社が他に転売することを容認して同月二三日本件自動車を訴外会社に売渡して引渡したこと、原告は自動車を販売するときはユーザーに直接販売することなく、訴外会社のような業者にいったん売り渡し、更に右の業者がユーザーに販売するといういわゆる業販システムをとっていること、原告はユーザーが右の業者に対してどのような方法で代金を支払うのかについて全く関心を示しておらず、右の業者が倒産したような場合には、所有権留保特約によってユーザーのもとにある自動車を回収すればよいと考えていること、被告は特に法律的知識や経済力を有しない一般消費者であること、そして被告は本件自動車を訴外会社から買受けたときその所有権が原告に留保されていることは知らず、代金を全て支払っているから自己の所有になったと思っていたこと、以上の事実が認められ他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして被告が訴外会社に対して本件自動車の代金を支払済であること、訴外会社は倒産し、原告は訴外会社から本件自動車の代金を回収することは不能の状態であることは前記認定のとおりである。

このような事情のもとにおいて原告が訴外会社との本件売買契約を代金不払を理由として解除し、その留保所有権にもとづいて被告に対し本件自動車の引渡を請求することは、原告において直接の販売先である訴外会社に対して自ら負担すべき代金回収不能の危険を右訴外会社から訴外会社に対して代金全額を支払って本件自動車を買受けた被告に転嫁しようとするものであるから、被告に対して不測の損害を被らせるものであって権利の濫用として許されないものというべきである。

したがって被告の抗弁2は理由がある。

三  してみれば原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却するべく、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 髙橋爽一郎)

〈以下省略〉

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